思いやりとは

思いやりは、時に自己満足になりがち

「思いやり」とは本来、相手を大切にするための行為のはず。

けれど実際には、自分が “良かれと思って” したことが、相手にとっては少しも響かないことがあります。

むしろ「ありがたいけど、ちがう」とモヤモヤが残ってしまうことも。

このギャップこそが、夫婦関係や人間関係を難しくしているのだと思います。

すれ違う思いやり

例えば、ある人は「出産のときにそばにいて支えてくれること」や「つらいときに『大丈夫?』と声をかけてくれること」のように、心に寄り添う存在を求めています。

一方で、別の人は「便利家電をそろえて家事を楽にすること」こそが最大の思いやりだと考えるかもしれません。

電動掃除機や食洗機を揃えれば、確かに家事の負担は減るし、そこには相手なりの気遣いや投資は確かにある。

けれど――もし相手が本当に欲しかったのが “心の支え” だったとしたら、その思いやりは届かないまま終わってしまうのです。

本当の思いやりとは

「自分がしてあげたいこと」ではなく、「相手が何を求めているか」を想像することから始まります。

相手の欲しいものを知らずに差し出す行為は、残念ながらただの自己満足にすぎません。

だからこそ大切なのは、“してあげること” ではなく“寄り添う姿勢”

「今、あなたは何を必要としている?」

その一言を持てるかどうかで、関係の深さは大きく変わります。

思いやりを形にしていく

思いやりはすれ違うこともあります。

でも、そのすれ違いに気づいた瞬間から、関係をやり直すことはできる。

大切なのは、特別な行動や高価な贈り物ではありません。

隣で話を聞くこと、温かい言葉をかけること、そして相手の気持ちに関心を向けること。

小さな積み重ねが、やがて大きな信頼となり、家族や夫婦の未来を支える力になります。

思いやりを「自己満足」で終わらせるのか、「相手の心に届くもの」に育てていくのか――それを選ぶのは、私たち一人ひとりなのかもしれません。

息子に聞かれた”大切なこと”

昨日、息子とこんな会話をしました。

息子「ママ、一番嬉しかったことなに?」

私「(迷わず)あなたたちを産んだことだよ」

息子「じゃあ、その次は?」

私「周りに素晴らしい人たちがいること。人に恵まれたことかな」

息子「じゃあ3番目は?」

私「こうやってあなたたちと出かけたり、いろんなことができる環境があること」

正直、こんなふうに改めて“自分にとって嬉しかったこと”を考える機会って、今までなかった気がします。

子どもに問いかけられて、初めて立ち止まって心に浮かんだ答え。

それはどれも「当たり前のように見えて、実はとても大切なもの」でした。

子どもとの何気ない会話の中に、気づきをもらえることがある。

昨日はまさに、そんな一日でした。

「一番嬉しかったことは?」

そう聞かれた時、みなさんならなんて答えますか?^_^

朝日が教えてくれた事

みなさんは、「ただ生きていること」に感謝した瞬間はありますか?

ある日の朝、階段の窓から差し込む光に私はふと目を向けました。

それは毎日のように見ているはずの朝日。

でもその瞬間だけは、なぜか胸がじんわり温かくなって…ただただそれを感じていました。

その瞬間はなんの感情か、考えもしなかったのですが、後にその感情と向き合い、気づきました。

家があること、子どもたちと過ごせること、こうして朝日を見て、今日も生きていること。

普段は気にも留めない「当たり前」のひとつひとつが、とても尊く素晴らしいもので、

その素晴らしさに感動した瞬間だったんだと。

もしかすると、忙しい日々の中で見落としていた幸せを、朝日がそっと教えてくれたのかもしれません。

日常は繰り返しのように見えるけれど、同じ瞬間は二度とない。

だからこそ、ほんの一瞬でも心から「ありがたい」と感じられたこと自体、とても大切な瞬間だったんだと思います。

次に朝日を見たときに、また同じように感じられるかはわかりません。

でも、その不確かさも含めて「今を生きていること」が奇跡なんだと、あの日の朝日が教えてくれたように思います。

—————日常の中にある何気ない景色に、心が動くことがあります。

その小さな感覚を見逃さず、”大切にしていきたい” そう思えた朝でした。

私だけの “ 空間 ”

家の中はいつもにぎやかで、バタバタで、愛おしい。

でも、そんな毎日のなかで、ほんの少しだけ “自分だけの時間” がほしくなることもある。

このドレッサーの前に座ると、私は少しだけ「わたし」に戻れる気がする。

子どもが5人いる毎日。

日中はとにかく、誰かのために動いていて、自分のことは後回しになるのが当たり前になった。

でも、だからこそ私は、「わたしだけの場所」を大切にしている。

それが、このドレッサーの前。

お気に入りのスキンケア、リップ、香水。

少しずつ集めてきたアイテムたちを並べたこの場所は、

誰にも邪魔されたくない、私だけの小さな世界。

子どもたちが寝静まったあと、

静かな部屋で椅子に座り、鏡に向かってクリームを塗る。

ただそれだけなのに、心がスーッと整っていく。

「ママでもなく、妻でもなく、“わたし”でいられる時間。」

メイクをばっちりするわけじゃない。

誰かに見せたいわけでもない。

だけど、肌に触れて、香りを感じて、

少しだけ背筋を伸ばすその時間が、

私に「大丈夫だよ」って言ってくれてる気がする。

ドレッサーはただの家具じゃなくて、

“ 心を整える場所 ”だと思ってる。

誰にも見られなくても、

きっとこの場所があるから、私はまた明日を迎えられる。

日々に流されそうになるとき、

この場所に戻ってくると、自分を思い出せる。

わたしが、わたしでいるために。

ほんの少しだけでも、大切にしていたい空間。

It’s me.

はじめまして。まず最初に私の事を少しだけお話させてください。

私は現在、沖縄で5人の子どもを育てながら、一人の母として、そして一人の女性として、日々の暮らしと向き合っている、ルナと申します。

夫は仕事や自身の生活で多忙を極めており、生活費の支援もない中で、私には頼れる人がいません。それでも、子どもたちと過ごす日々は何よりもかけがえのない時間であり、どんなに大変でも「いつか必ず幸せになれる」と信じて、日々を過ごしています。

暮らしの中にある“わたし”

母とは…24時間365日、子供の事が何よりも最優先。自分の食事なんて家族の残りものでいい。まずは子供たちに満腹になってもらう事。そうやっていつだって自分を犠牲にしがち。

だからこそ、私は忙しい日々の中でも、自分らしさを忘れずにいられるよう、ささやかな趣味を大切にしています。絵を描いたり、自然の中で深呼吸をしたり、美容やスキンケアにも手を抜きません。

肌には少しだけ自信があり、“ナチュラルビューティ”をモットーに、自分自身を整えることも、私にとっては大切な日課のひとつです。

自分を整える時間も、母である私には必要

最近では、時々ジムに通って体を動かしたり、ダンスに興味を持ち始めたりと、自分の身体や心とも向き合うようになりました。

そして夜。子どもたちが眠りについたあと、家の静けさの中でゆっくり味わうワインが、私の小さな癒しの時間です。

そうやって、自分を大切にする事を私は、妻、そして母になって学んだのです。

ほんの少し心に余裕のあるときには

私は子供たちを連れてビーチクリーンや、手作りのバルーンを福祉施設へ寄付するなど、小さな社会貢献も続けています。

誰かの笑顔につながるようなことを、少しずつでも届けていけたらなと思っています。

About this blog.

このブログでは、そんな私の日常の中から感じたこと、考えたこと、美容や子育てのこと、心の内側にある想いなどを。

「強く、優しく、美しく。」そんな生き方を目指しながら、

現実と理想の間で揺れ動く“リアル”を大切に、少しずつ綴っていきたいと思います。

どうぞ、これからよろしくお願いいたします。