当たり前って、誰が決めたんだろう

今日、子どもの尿検査を保健所へ持って行かなければいけなかった。

ただ、今の私は移動に少し不便があって、バスで行けば片道1時間近くかかる。

「行ってくるか」

そう思っていたら、横で旦那が不機嫌にこう言った。

「はぁ、結局俺が行かないといけないじゃん。」

その瞬間、私はモヤっとした。

別に頼んでないけど?

私は私で行こうとしていたし、行くつもりだった。

だから思わず、

「大丈夫。私が行くから。」

そう言った。

でも結局、旦那が持って行った。

すると今度は、

「ありがとうくらい言えないの?」

と言われた。

もちろん、持って行ってくれたこと自体には感謝している。

だけど、なんだろう。

最初から不機嫌そうに「俺が行かなきゃいけないじゃん」と言われた後に、素直に感謝だけを伝える気持ちになれなかった。

そして、その時ふと思った。

そもそも、なんで私が行くのが当たり前なんだろう。

私は今まで何百回も子どもの病院へ行った。

保育園や学校のことを考えた。

体調管理も、送迎も、行事も。

母親だから。

ただそれだけの理由で。

でも、そのたびに「ありがとう」と言われた記憶は一度だってない。

もちろん感謝されたいわけじゃないから求めもしなかった。

子どもたちは大切だから。

やりたいからやっている部分もある。

だけど今日の出来事で、改めて考えさせられた。

世の中にはまだ、

「子どものことは母親がやるもの」

という空気が残っている気がする。

そして今は、女性にも収入や自立が求められる時代。

家事も育児もする。

仕事もする。

夢も追う。

それ自体は素敵なことだと思う。

私も、自分の人生を諦めたくない。

でもその一方で、

家庭の負担だけが昔のままだとしたら、それは本当にフェアなんだろうか。

もし夫婦で共に働き、共に夢を追うなら、

家事や育児も共に背負うべきだと思う。

逆に、家庭を支える役割を多く担うなら、

その価値もきちんと認められるべきだと思う。

どちらが正しいという話ではない。

ただ、お互いの負担と責任が見合っているか。

それだけの話。

今回の出来事で気づいた。

私がモヤモヤしたのは、尿検査のことじゃなかった。

何年も積み重なった、

「母親だから当たり前」

という空気だった。

私は母親だ。

でも同時に、夫婦の一人でもある。
子どものことを考えるのも、
家庭を支えるのも、
どちらか一方だけの役目じゃないはずだ。
だからこそ、
「やって当たり前」ではなく、
お互いがしていることを当たり前と思わずにいたい。


感謝を伝えることも、
相手の負担に目を向けることも、
夫婦だからこそ大切なんだと思う。
家族だからこそ、
どちらかが我慢し続けるのではなく、
支え合える関係であることを考えないといけないよね

そんな事を思った。

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